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2009年にアムステルダムのRoyal Tropical Instituteで修士号を取り、その後開発コンサルティング会社や政府系援助機関で働いています。

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あの夏のエースたち 甲子園ファイナリストの光と影

あの夏のエースたち 甲子園ファイナリストの光と影あの夏のエースたち 甲子園ファイナリストの光と影
(2013/07/12)
橋本清、渡辺勘郎 他

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高校野球本を購入しました。

僕は、昔は熱心な高校野球ファンだったので、たまたま本屋でこの本を見つけてパラパラめくってみて懐かしい名前が並んでいるのをみて即買いしてしまいました。

特に、大阪桐蔭が甲子園に初出場して初優勝した時のエースだった和田氏の名前を見つけてうれしくなりました。和田氏が活躍したあの夏、僕は中坊だったのですが、学校の昼休みに給食をむさぼりながら、決勝戦を見入ったのを覚えています。

当時の大阪桐蔭は2008年や去年のチームに劣らず強かった記憶があります。
和田、背尾(のちに近鉄)の両エースと、四番萩原(のちに阪神)を中心とした強力打線。そして守備も良い。
当時の監督を覚えていないですが、今の西谷監督ではなかったと記憶しています。

当時の大阪桐蔭は野球新興校であり、無名に近い存在でした。当時大阪桐蔭で活躍していたプロ野球選手は、元中日の今中くらいしかいなかったと思います。

ちなみに、大阪桐蔭はこの年の春も甲子園に出ていましたが、準々決勝くらいで上田率いる松商学園に負けています。一回戦で和田氏がノーヒットノーランをやったのが印象に残っています。相手は仙台育英?
和田氏のスリークウォーターからのスライダーのキレが良かったんですが、当時の高校野球ではスリークウォーターっていうのはあまり見られない投げ方だったようです。あの横から出てくるスライダーはキレがありました。

と大阪桐蔭の話になってしまいましたが、その他にもマー君とハンカチ、帝京吉岡等、甲子園を沸かしたエースのストーリーがちりばめられています。

改めて、やっぱり夏は甲子園だと思いました。大阪桐蔭の森捕手には期待せずにいられません。そして、ドラフトで阪神に入って藤浪と15年間屋台骨を支えてほしいです。
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