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2009年にアムステルダムのRoyal Tropical Instituteで修士号を取り、その後開発コンサルティング会社や政府系援助機関で働いています。

現在、バンコク(タイ)在住

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医いやす者として~映像と証言で綴る農村医療の戦後史~

文化庁映画週間

映画を観てきました。場所は六本木にひっそりと佇むシネマート六本木。

医いやす者として~映像と証言で綴る農村医療の戦後史~

それほど混むことはないだろうなと思って行ったのですが、満員御礼でした。

長野の佐久総合病院のドキュメンタリーなのですが、非常に興味深い内容でした。この病院は、戦後すぐに開院しました。その時の院長が若月俊一氏になります。農村医療の第一人者です。

このドキュメンタリーから学ぶものは非常に多いです。そして、この医師について一番すごいと思ったことは、常に10-20年先を見ながら、病院を運営していた点です。20-30年前に、すでに高齢化社会における訪問ケア(福祉)について考えていました。

演劇を使った住民啓発(ヘルス・プロモーション)、治療よりも予防という考え方(公衆衛生)、高度医療を行いながら地域医療も行う、など時代の先端を走っていました。

そして、『ニーズを基に医療を行う』

貧しい農民の健康状態を改善するには、治療よりも予防の大切さを説き、まずは自分の健康状態について関心を持ってもらうこと、病院まで来られない患者のために出張診療を行う、当時の農村部では娯楽が無かったので医師たちが演劇を行う(啓発的な演劇)、など常に農民の立場になった病院だったようです。

現在は、病院だけではニーズに見合ったサービスを提供できないということで、治療部局と訪問ケア部の2つに分かれて、医療活動をおこなっているようです。

若月先生に関する書物が沢山出ているようなので、いくつか読んでいつも手元においておきたいと思います。このタイミングでこの映画を見ることができて幸運でした。

映画の後に、この映画を作った監督のトーク会があり、若月先生のご子息(70歳くらい)も来ていましたが、このおじさんのキャラクターも良かったです。

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comments(3)|trackback(0)|書・映画・音楽|2012-10-30_23:20|page top

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No title
農村開発の視点から若月先生の本を読んだことがあります。
コーネルのノーマンアポフ教授(アメリカでの参加型開発の第一人者)の農村開発の授業でも若月先生の活動が授業で扱われているそうです。

自分も40に近づきリアルに老後や健康と真剣に向き合わなければならなくなりました。

まずはダイエットですね。

No title
若月俊一の遺言—農村医療の原点という本です。

No title
Khumoさん、

お疲れ様です。
若月先生、色々学ぶことが多そうです。
今度、研修員がグアテマラからきますが、佐久総合病院への訪問が研修のコンテンツに入っています。都合が付けば一緒に付いて行きたいと思ってます!