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TD

Author:TD
国際協力の仕事をしています。

2009年にアムステルダムのRoyal Tropical Instituteで修士号を取り、その後開発コンサルティング会社や政府系援助機関で働いています。

現在、バンコク(タイ)在住

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Erik(オランダ人)とAna(ホンジュラス人)

昔、今から10年以上前に、青年海外協力隊員として中米ホンジュラス共和国のSanta Rosa de Copanという町で活動をしていました。計2年半。このSanta Rosa de Copanは、訳すと、『コパンの聖なるバラ』ということで、なかなか粋な名前です。コパンと言えば、マヤ文明時代のコパン遺跡が有名です。

この町は、人口5万人程度と小さいのですが、北西部の拠点でありそれなりに賑わったところです。
国立と私立の大学がそれぞれ1つあり、周辺地域から生徒が集まってくるような大きめの高校があり、娯楽では映画館があり、中国人がやっている中華料理屋(この店主は後に殺されてしまったが、、)があり、アメリカ人がやっているピザ屋がありと、協力隊員が生活するになかなか恵まれた町でした。今は、治安が悪化しているようですが、当時は夜中の2-3時でも全く危険を感じないような、治安にも恵まれた町でした。外国人も何人か住んでいました。

そこで出会ったのが、Erik(オランダ人)です。
あまり愛想のある人ではないのですが、彼の奥さん(ホンジュラス人)がかなりフレンドリーな人で、しかも夫婦でカフェテリアを経営していたので、通っているうちに仲良くなりました。

このカフェテリア、『TEN NAPEL』という名前で、かなり本格的なカフェを出してくれる僕にとっては非常に有り難い存在でした。内装が欧米のカフェテリアっぽくてオサレで、僕が通いはじめた2004年当時は、それほど客はいませんでしたが、そこからどんどん賑わうようになって、2007年頃にはかなり繁盛していた記憶があります。場所が、人通りが多くて、絶妙なところに位置していました。Calle Centenario (百周年の道)という目抜き通りにありました。

彼らと仲良くなってからは、他の隊員とともに自宅に何度か招待してもらい、一緒に寿司を作ったりもしました。

その後、僕がホンジュラスを離れてからもたまにやり取りを続けており、オランダ留学時には、彼とその娘にアムステルダムで再会しました。

その後も何度かやり取りが続いており、TEN NAPELを閉めたこと(これは悲しい)、仕事でナミビア(アフリカ)に行くことなどを聞いていました。

Erikは、もともとGIS(地理情報システム)のエンジニアで、GIZ(ドイツの国際協力公社)と仕事をしていたのですが、その関係でナミビアに渡ったようです。奥さんを伴って。

オランダ人の強みは、語学が堪能なことだと思います。母国語のオランダ語、英語、ドイツ語、スペイン語など複数の言語を話すのが当たり前です。もちろん、技術・専門性があってこその語学だと思いますが。フットワークも軽いですし。

彼は、初めてあったときからおっさん臭かったので、きっと10歳くらい年上なんだろうなと思っていましたが、たぶん4-5歳くらいしか離れていないのかもしれません。ちなみに、娘は奥さんの連れ子で純粋なホンジュラス人です(バルセロナ留学中)。

そんな彼から、連絡があり少し近況についてやり取りしました。
娘が無事に修士課程を終えたこと。ナミビアは、良いところだが、周りはドイツ人が多く住んでいるところで、どちらかというと閉鎖的であるということ。

こちらも、昨年はパラグアイにいたこと、今はタイにいることなどを話しました。

最後に、Ten Napelを再開することがあれば、そのときはSanta Rosa de Copanまで会いにいくよと伝えました。

このカップルには、またどこかで会えそうな気がしています。
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comments(0)|trackback(0)|オランダ(日記)|2017-08-04_07:34|page top